ブランドムービーって何?
- Shigehiro Moriya
- 4月8日
- 読了時間: 10分
更新日:4月13日
「ブランドムービー」という言葉を耳にするようになったのは、比較的最近のことではないだろうか。かつては「企業広告」や「企業CM」といった言い方が一般的で、「ブランド」という言葉がここまで前面に押し出されることは少なかったように思う。
それが今では、「ブランドムービー」という言葉が当たり前のように使われている。けれど——私たちはその言葉の意味を、本当に理解して使っているのだろうか?
そもそも、「ブランド」という言葉自体、ちゃんと使いこなせているだろうか?
——そんな疑問がふと湧いたのをきっかけに、先日、一般社団法人ブランドマネージャー協会のベーシック講座に参加した。
この講座では、「ブランドとは何か?」を体系的に学ぶことができた。それは何よりの収穫だったし、これまで自分が取り組んできた仕事を振り返る貴重な機会にもなった。
そこで今回は、学びの復習も兼ねて、協会の公式サイトにある用語集を引用しながら、あらためて「ブランド」、そして「ブランドムービー」について考えてみたいと思う。
1、ブランドとは?
ある特定の商品やサービスが、消費者・顧客によって「識別されている」とき、その商品やサービスを「ブランド」と呼ぶ。
一般社団法人ブランドマネージャー認定協会HP用語集より
言い換えれば、ブランドとは「他の商品やサービスと明確に区別されているもの」。
つまり、消費者の中にそのイメージが“概念として存在している”状態のことを指している。
では、どうすれば消費者や顧客に、ブランドのイメージを抱かせることができるのか?
そこには「手がかり」が必要だ。
ブランドを「知ってもらう」「思い出してもらう」ための、識別のヒント
——それがブランド要素である。
2、ブランド要素
消費者・顧客がブランドを識別する際の手がかりとなる、ブランドを形成する最小単位のもの。
では、10のブランド要素を紹介しよう。
①ブランド名

ブランドを言語化するもっとも基本的な要素。
音や語感、意味の含みを通して、記憶に残りやすく、他の競合と識別される起点となる。
一度聞いただけで思い出せる名前や、意味が直感的に伝わるネーミングは、ブランドの認知度と信頼感を高める手がかりとなる。
②ロゴ、マーク

視覚的な第一印象を形づくるアイコン的存在。
ブランド名と連動し、象徴性や世界観を視覚に訴えかけることで、消費者がひと目でそのブランドを認識する手がかりとなる。
シンプルで記憶に残るデザインほど、識別性が高まる。
③色

色は感情や心理に直接働きかける要素。
「赤は情熱」「青は信頼」「緑は自然」など、色がもつイメージがブランドの印象形成に大きく影響する。
また、色によって他社との識別もしやすくなるため、ブランドの「雰囲気」や「立ち位置」を伝える重要な手がかり。
④キャラクター

ブランドの人格化・物語化を担う存在。
親しみや信頼感を生み、ブランドに感情的なつながりを持たせる。
キャラクターが登場することで、無機質な商品やサービスに「顔」が生まれ、識別性と記憶定着が高まる。
⑤パッケージ

商品を包む「見た目」そのものが、ブランドイメージを伝えるメディアとなる。
素材、形状、レイアウト、質感などのすべてが消費者に語りかけ、手に取った瞬間からブランド体験が始まる。
競合製品と並んだときに一目で見分けられるかどうかも、パッケージの重要な役割。
⑥空間デザイン

店舗やショールームなど、リアルな場での体験においてブランドを体感させる要素。
内装や照明、ディスプレイ、音響などが一体となって、ブランドの世界観を空間全体で表現する。
訪れた人に「このブランドらしい」と感じさせる、五感で記憶される手がかりとなる。
⑦タグライン

ブランドの価値や信念、方向性を端的に表現する短いフレーズ。
記憶に残る言葉によってブランドの軸を言語化し、消費者がその意味や想いに共感するきっかけを与える。
「○○といえばこの言葉」という結びつきが、ブランドの理解と浸透を助ける。
⑧ジングル、音楽

音を通じてブランドを記憶に定着させる要素。
短いメロディや音のフレーズが繰り返し耳に入ることで、無意識に「そのブランド」と結びつくようになる。
聴覚は記憶と感情に深くつながっているため、音による識別は非常に効果的。
⑨ドメイン

インターネット上でブランドを識別するための「住所」。
ブランド名と一致している、または印象に残るドメインは、検索・アクセスのしやすさと信頼感につながる。
SNSやオウンドメディア時代において、重要度が増しているブランド要素のひとつ。
⑩匂い

香りは記憶と感情をダイレクトにつなぐ強力な要素。
店舗や商品に特定の香りを持たせることで、「あのブランドの香り」として記憶に残りやすくなる。
視覚や聴覚だけでは補えない感覚的な識別手段として、近年注目されている。
①ブランド名
②ロゴ
③色
④キャラクター
⑤パッケージ
⑥空間デザイン
⑦タグライン
⑧ジングル、音楽
⑨ドメイン
⑩匂い
以上がブランド要素である。
これら10のブランド要素は、商品やサービスを「記号」ではなく「記憶」として人々に刻み込むための、大切な手がかりです。
そして、それらを一つの映像体験として統合的に届けられる手段こそが、「ブランドムービー」なのです。
3、ブランドムービー
実際、私たちの記憶に深く残っているCMの中には、ブランド要素が巧みに織り込まれ、ブランドそのものを体験させるようなものがあります。
その代表的な事例として、「I Feel Coke」と「そうだ 京都、行こう。」の2つのキャンペーンCMを取り上げてみたいと思います。
①Coca Cola 〜I feel Coke
コカコーラのCMをブランド要素に分解してみたい。
①ブランド名 | 「Coca-Cola」——世界中で認知されているブランド名。言わずと知れた存在感。 |
②ロゴ | 筆記体のクラシックな「Coca-Cola」ロゴ。視覚的にも一目でそれとわかる象徴的な存在。 |
③ブランドカラー | 鮮烈な“赤”。情熱や活力、夏のエネルギーを想起させ、CM全体の印象を色彩から支えている。 |
④パッケージ | 赤いアルミ缶。手に持つだけで「Cokeの冷たさ」を思い出すようなデザインが視覚と触覚に残る。 |
⑤音楽 | 佐藤竹善によるオリジナルテーマソング。爽やかで軽快なメロディが、夏と青春の記憶にリンクする。 |
⑥タグライン | 「I feel Coke!」——短いながらも強いメッセージ。飲むという行為を「感じる」に昇華している。 |
⑦キャラクター | 海辺や街角に登場する若者たち。特定の有名人ではなく、“爽やかさ”や“共感”を軸に据えた演出。 |
⑧匂い | 缶から立ち上る炭酸のはじける映像や、水滴が滴るリアルな質感が「冷たくてうまそうな香り」を想像させる。実際に匂いは届かないけれど、視覚が嗅覚を喚起する見事な「しずる感」の演出。 |
他にも挙げられるかもしれないが、少なくともこの8つの要素が、高いレベルで統合され、ひとつの映像表現として完成している。
しかも、それぞれがただ並列的に存在しているのではなく、「コカ・コーラを感じる」体験そのものを作り出している。
これほどまでにブランド要素を結晶化させたCMが、他にあるだろうか。それほどまでに、このCMは“ブランド体験”として極めて完成度が高い。
良いCMとは、良いブランドムービーである——このCMを見るたびに、そう実感する。
当時、夏の暑い日、喉が渇いたときに「Coke」を思い出した人は、どれほどいたのだろう。それこそが、ブランドムービーの本質的な役割なのかもしれない。
②そうだ、京都へ行こう。
次に紹介したいのが、JR東海の名作CMキャンペーン「そうだ 京都、行こう。」です。
このCMの特筆すべき点は、タグラインそのものがブランド名になっているという点です(※異なる見解があればご容赦ください)。
こうした構造は非常に珍しく、それでいて見事に成功している、数少ない好例だと感じています。
このCMシリーズを手がけたカメラマン・高崎勝二さんと、過去に一度だけご一緒したことがあります。印象的だったのは、彼が“オノマトペ的な感覚”——つまり、音や言葉の持つ肌ざわりや空気感をとても大切にされていたことです。
そのことをふと思い出しながら、このCMをあらためて見直してみたところ、映像のひとつひとつが、まさにオノマトペのような感覚で紡がれていて、「こんなにも感覚的で、しかもアバンギャルドなCMがあるのか!」と、思わず膝を打ちました。
いつか自分も、こんなふうに感覚に素直に寄り添ったブランドムービーを作ってみたい。そう強く思わせてくれる、稀有な作品です。
…と、語り出すと止まらなくなりそうなので、ここでいったん話をブランド要素の視点に戻したいと思います。
①ブランド名 | 「そうだ 京都、行こう。」——キャンペーンのコピーそのものがブランド名となり、強く記憶に残る。 |
②ロゴ | 文字の組み方や余白のとり方も含め、「静けさ」や「美意識」を感じさせるロゴ設計。 |
③ ブランドカラー | 落ち着いた朱色や緑、木の色など、京都を想起させる自然で品のある色使いが特徴的。 |
④ パッケージ | 駅構内に貼られたシーズンビジュアルやパンフレットの紙質・写真もまた、ブランド体験の一部。 |
⑤音楽 | 毎回アレンジされる名曲「My Favorite Things」。 聴いた瞬間、心が“京都モード”になるほどの浸透力がある。 |
⑥タグライン | 「そうだ 京都、行こう。」という言葉自体が、旅へのきっかけと感情を同時に喚起する力を持っている。 |
⑦キャラクター | 俳優・長塚京三さんによるナレーション。静かで品のある語り口がブランドの空気感を支える。 |
⑧匂い | 映像から伝わる京都の“空気”。寺社仏閣の香り、季節の花、畳の匂い…香りそのものは映らないのに、匂いが想起される。これは演出の力そのもの。 |
ブランド名とタグラインが一致しているこの構造は、とても画期的です。
広告における鉄則のひとつに「メッセージはできるだけシンプルに」という考えがありますが、そのシンプルさを極めた結果、「コピー=ブランド名」になったというのは見事な設計だと思います。
また、シリーズごとに少しずつ編曲されていく「My Favorite Things」や、毎回異なる京都の表情を切り取る秀逸なコピー、長塚京三さんのやわらかく響くナレーションが絶妙に絡み合い、ひとつの“ラグジュアリーなブランド体験”をつくりあげています。
このCMを見て、「京都へ行きたい」と思った人は数えきれないでしょう。中には、行かずとも“行ったような気分”になった人さえいたかもしれません。そして実際に京都を訪れた人たちが感じた印象は、CMで想起されたイメージとそれほど大きく乖離していなかったのではないでしょうか。
それこそが、「ブランドムービー」の真髄です。まだ出会っていないのに、すでに知っている気がする。そうした記憶の先取りを、ブランドは映像の力で実現できるのです。
4、まとめ
企業側が持つブランド・アイデンティティと、消費者側にあるブランド・イメージ——この両者の距離をできるだけ近づけることが「ブランディング」だとするならば、コカ・コーラと「そうだ 京都、行こう。」のCMは、まさに最高の映像ブランディングの一例だと言えるでしょう。
最近では「ブランドムービー」という言葉が流行していますが、本質的には、その概念をずっと前から体現してきた人たちがいたのではないでしょうか。
広告をつくる以上、ブランドという概念はつねに背中合わせに存在しており、無関係ではいられません。だからこそ、「ブランドムービー」という言葉が流行する今、それが“新しいもの”であるかのように語られる風潮には、少し違和感も覚えます。
最先端の表現は、常に今にある——そんなふうに思いがちですが、今回紹介したこの2つのCMを見ると、それが本当に“進化”なのか?と、ふと考えさせられます。
広告表現における「進化」とは何か?技術のことか、見た目のことか、それとも——感情の残し方なのか。
ブランドムービーを考えることは、広告の本質を問い直すことなのかもしれません。